【コラム】文月(ふみづき) ”ふみ”と”花”に語らせて


本格的な夏の暑さを感じる7月。そろそろ梅雨も明け、日差しがジリジリと夏らしくなってきます。
7月の異名として「文月(ふみづき)」があります。これは旧暦の7月、今の暦でおおよそ8月を表しています。 語源には色々な説がありますが、一つには稲の穂が実る頃という意味の「穂含月(ほふみづき)」が転じて「文月」になったという説。また、むかし七夕に書物を干す行事があって、書物(文)をひらくという意味から「文披月(ふみひろげづき)」と呼ばれ、それが「文月」になったという説です。
今回のコラムは、7月の異名の話ではなく、文月の「文「の話です。「文」は訓読みで”ふみ”と読みますが、意味としては、手紙であったり書物であったり、いわゆる何かしら言葉として記されたものを指しています。その文が、”ふみ”以上に語らせるために花が使われたことがあります。
花と”ふみ”の関係をたどると、平安時代までさかのぼります。寝殿造りの屋敷の中で、女御たちに守られて御簾の奥で暮らす姫君に恋する若い公達にとって、姫君に心を伝える唯一の方法が「文を交わす」ということだったのです。自分の思いの心をより印象的に伝えるために、和歌と共に、美しい文字、墨の色、紙の質や色合い、焚きしめる香、などなど涙ぐましい努力が必要だったそうです。そしてその和歌には、時節の花の枝や草花を添えて贈ったのです。それを「折り枝」 (おりえだ)と言います。「折り枝」は、『古今和歌集』や『源氏物語』にも書かれています。折り枝に添える”ふみ”のことを「結び文」 (むすびぶみ)と言います。結び文とは、平安時代に生まれた手紙の形式の一つで、特に恋文でよく使われた形式です。ここでいう手紙は、相手への思いを伝える和歌が書かれたもので、横長の紙を細長く折り、両端をひねって結び、墨で押印した文です。結びに花の枝や草花の折り枝を挿して贈りました。「折り枝」と「結び文」が、ひとつのセットになって、平安時代の恋の架け橋となっていたのです。

右図は、「源氏物語図衝立 初音」(伝狩野養信筆 江戸時代 石山寺蔵)です。光源氏の娘”明石の姫君”のもとに、離れて暮らす実母”明石の御方”から新年にふさわしい五葉松に作り物のうぐいすが添えられた文が届き、源氏が返事を書くよう促す場面が描かれています。五葉松の折り枝が描かれた絵です。
現在でも、「結び文」に出会える場所があります。神社の境内にある木や縄には、細く折りたたんだおみくじが結ばれている光景を目にします。これは、神社の木や縄には神が宿るとされ、おみくじを結ぶと願いが結ばれるとされているからです。「折り枝」を挿した「結び文」は、相手に気持ちが伝わり、気持ちが結ばれるようにとの意味合いが込められていたのです。

思いを伝える「折り枝と結び文」は、現代でも十分その力を発揮するのではないでしょうか?デジタル時代で、連絡も手早いメールや LINE で済ませ、メモを取る時でさえパソコンやスマホでメモを取る方も多い印象です。そんな手書き文字から離れつつある現代ですが、文は人なりという言葉があるように、入力した文章からもその人の癖や性格を感じ取ることができるのですが、それでも入力された文字は”ふみ”ではなく、皆同じ無機質な記号の羅列で、手書き文字の温もりはありません。7月は、日頃お世話になった方へ「暑中見舞い」や「お中元」を贈る季節でもあります。日本のコミュニケーション・ツールの一つですが、感謝の気持ちを込めた手書きの”ふみ”と、折り枝に替えた”花”を、花言葉に重ねて贈ってみるのはどうでしょう?