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【コラム】二月、如月の不思議な古代からの時間の流れ

私たちが二月と呼ぶこの月は、和風月名では「如月(きさらぎ)」とも称されます。寒さが厳しく、衣をさらに重ね着する「衣更着(きぬきさらぎ)」が語源で「きさらぎ」に転じたという説が有力です。春を待ちわびる気持ちが込められた、どこか奥ゆかしい響きを持つ月です。ほかに「梅見月(うめみづき)」や「雪消月(ゆききえづき)」などとも呼ばれ、春の訪れが見え始める時期の美しさも表しています。

 その二月が持つ最大の不思議、それは他の月よりも日数が短いことです。平年は28日しかなく、4年に一度のうるう年でさえ29日です。この日数の短さのルーツは、古代ローマの暦にまで遡ります。

古代ローマの暦では、現在の二月(Februarius)は、一年の終わりの月でした。当時は奇数を好む傾向があり、1年の終わりの月の二月が、日数を調整するために例外的に28日という偶数になったと考えられています。 後の時代のローマ皇帝アウグストゥスが、自分の名前を冠した八月(Augustus、アウグストゥス)の日数を、一つ前の七月(Julius、ユリウス・カエサルにちなむ)と同じ31日にしたいと考えました。この増やした1日の分が、当時29日だった二月から差し引かれ、現在の平年28日という形になった、という説が有力です。二月の日数が短いのは、古代の暦における「年末」としての調整役という役割と、皇帝権力による日付変更という、壮大な歴史的経緯の結果なのです。

日本の二月は、暦の上での大きな節目とも深く関わっています。節分(せつぶん)は、通常2月3日頃に訪れます。これは、「季節を分ける」という意味で、旧暦における冬の終わりと春の始まり(立春)の前日にあたります。かつて日本で使われていた旧暦(太陰太陽暦)において、立春は新年の始まりとされていました。新年(立春)を迎えるにあたり、古くは奈良時代に中国から伝わった大晦日の宮中行事(疫病や邪気を祓う行事)がルーツにあるとされています。節分は、まさに「大晦日」のような位置づけなのです。豆まきの豆は「魔を滅する(まめ)」に通じるとされ、無病息災を祈り、一年間の穢れを祓い清めるために行われてきました。これは、新しい年を清らかな状態(新春)で迎えたいという古代からの人々の切なる願いが込められた風習です。

二月は太陽暦(現在の暦)では年の初めから二番目の月ですが、古来の季節感では「年の締めくくりと始まり」が同居する、特別な月と言えます。

現代、そんな不思議な二月半ばの2月14日は、キリスト教の聖人に由来するバレンタインデーがあり、人々の心を温める愛と感謝を伝える日として世界的な行事が控えています。この行事はキリスト教の聖人ヴァレンティヌスに由来するとされますが、その起源は古代ローマの豊穣を祈る祭りなどとも関連付けられています。

歴史を遡れば、二月は古代ローマ暦において祓いや清めの月であり、その後の祭礼とも関係が深い時期でした。偶然かもしれませんが、古代ローマに起源を持つ暦の短さを持つ二月は、同じく古代ローマの祭礼に起源を持つとされるバレンタインデーを抱えているというのは、なんとも興味深い巡り合わせと言えるでしょう。

短いながらも、二月は古代からの暦の歴史を物語り、「衣を重ね着するほどの寒さ」という厳しい自然の表現と、古代から続く「節分・立春」の歴史的な節目、そして「バレンタインデー」という現代の温かい文化が融合した、過去と現在、和と洋の文化が交差する、多面的な魅力を持つ月となっています。

如月で忘れてはならない西行法師の和歌があります。

願はくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ 季節の変わり目、風邪などひかれませぬように。

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