【コラム】五月皐月、生命への讃歌と畏怖の季節

「皐月(さつき)」という言葉は、「田植えをする月」という意味の「早苗月(さなえづき)」が略されたものだと言われています。皐月の風が吹き抜けるとき、世界は瑞々しい緑に覆われます。
日本の五月の花と言えば、端午の節句の「菖蒲(しょうぶ、あやめ)」です。ここには日本特有の「言葉遊びと精神性」の物語が隠されています。
五月の重要な節句である「端午」に欠かせないのが菖蒲。この草は香りが強く、その鋭い葉の形が「剣」に似ていることから、邪気を祓う霊力があるとされてきました。五月は季節の変わり目で病や災厄(悪霊)が流行りやすい時期。そのため、軒先に菖蒲を葺(ふ)いたり【左図:五節句ノ内皐月(国会図書館)】、菖蒲湯に入ったりすることで、植物の持つ生命力と香りを借りて身を清めるという「理」が働いていたのです。
もともと平安時代までは、前述の通り香りの強さで病魔を払う「薬草」としての扱いが主でした。しかし、鎌倉時代以降、武士の世になると変化が起きます。「しょうぶ」という音が、武を尊ぶ「尚武」や、勝ち負けを決める「勝負」に通じることから、縁起物として爆発的に尊ばれるようになりました。

一方、西欧においても、五月(May)は「成長」と「豊穣」の月です。その名は、ローマ神話の豊穣の女神マイア(Maia)に由来しています。西欧の五月の風景に欠かせないのがサンザシ(Mayflower / Hawthorn)の花です。英語でそのまま「五月の花」と呼ばれるこの植物には、少しミステリアスな物語があります。
西欧には「メーデー(五月祭)」という古い春の祭典があり、村で一番美しい娘が「五月の女王(May Queen)」に選ばれ、サンザシの花冠【右写真:花冠】を戴きます。これは冬が去り、生命が爆発する春の訪れを祝う「豊穣の儀式」の名残です。
面白いことに、サンザシには「家の中に持ち込んではいけない」という古い迷信もありました。これは、この花の香りがかつてのペスト(黒死病)の病室の匂いを連想させたためと言われています。 「死を遠ざけたい」という恐怖と、「春を迎えたい」という歓喜。西欧の五月の草花には、生と死のドラマチックな対比が影を落としています。
そんな五月の草花の中に、東西をつなぐ「毒と薬」を秘めた花に、スズランがあります。スズランは、その愛らしい姿に反して強い毒(コンバラトキシン等)を持っています。西欧では「純潔」の象徴とされながらも、魔女の調合に使われるような「畏怖の対象」でもありました。北海道などに自生するスズランを、アイヌの人々は「魂を抜く花」として恐れつつ、その生命力を認めていました。スズランのように、東西どちらの文化にも、五月の草花の「美しさ」の裏にある「自然の厳しさ(毒)」を鋭く察知していた点は共通しています。

自然のエネルギーが最大化する五月は、同時に「この世」と「あの世(あるいは異界)」の境界が薄くなる時期でもあります。日本の菖蒲による魔除けや、西欧のサンザシにまつわる妖精譚は、どちらも強すぎる生命力の中に潜む「魔」を制御しようとする知恵の表れでした。
どちらの文化圏においても、五月の草花は単なる観賞用ではなく、天の意志を地に伝えるアンテナであり、私たち人間が自然界の大きなサイクルに同調するための鍵であったと言えるでしょう。
手を空にのばせば我も五月の木
飯田 晴
