【コラム】七月文月、花の絵画(朝顔と睡蓮)
七月は、生命力あふれる盛夏への扉が開く季節です。この時期、日本では古くから涼を呼び込む工夫や自然のダイナミズムを尊ぶ感性が育まれ、西洋では降り注ぐ光と水、そして移ろう一瞬の色彩をキャンバスに留める試みがなされてきました。

日本における7月の花といえば、朝に咲き、昼前には萎んでしまう儚くも瑞々しい「朝顔」です。江戸時代後期、その朝顔を圧倒的なスケールとモダンな感性で描いたのが、江戸琳派の絵師・鈴木其一(1796–1858)の傑作《朝顔図屏風》(メトロポリタン美術館蔵)です。
鈴木其一は、朝顔の葉をすべて「ほぼ正面向き」に描くという大胆なデフォルメを行っています。実際の朝顔は葉が裏返ったり、複雑に折れ曲がったりしていますが、それらをすべて整理し、大小の変化だけでツルのうねりを表現しています。この「必要なものだけを残し、余分な情報を削ぎ落とす」という「引き算の美学」が、画面に強烈なリズムを生み出しているといえます。
また総金地の背景に対し、花には高価な群青を贅沢に使い、複雑なぼかし(グラデーション)を施して立体感と瑞々しさを与えています。一方で、葉は緑青のフラットなベタ塗りで表現され、その「描き込みの違い」が、金泥の中で朝顔が光を放ちながら波打つような、強いエネルギーを感じさせます。
七月の朝の、ひんやりとした空気の中に咲き誇る朝顔。鈴木其一は、日本古来の「屏風で室内に涼を呼び込む」という実用的な知恵を、極限まで洗練されたデザイン感覚で表現したのです。
それに対し、西洋の花の絵画は、クロード・モネ(1840–1926)の描いた《睡蓮》です。
西洋の七月は、一年のうちで最も光がまぶしく、水辺の涼が恋しくなる季節です。この時期を象徴する花として、フランス・印象派の巨匠クロード・モネが晩年にかけて生涯描き続けた《睡蓮》シリーズが挙げたいと思います。写真の「睡蓮」はボストン美術館所蔵です)
モネがジヴェルニーの自宅庭園に「水の庭」を造り、睡蓮を描き続けた理由は、「光の絵の具としての水面」と「時間による世界の二重性」を表現することだと解説されています。

七月に開花のピークを迎える睡蓮は、水面に浮かぶ静的なモチーフです。しかしモネにとって、主役は睡蓮そのものだけではありません。水面に反射して刻一刻と変化する空の青、木々の緑、そして太陽の光。これらが一体となって揺らぐ水面を描くことで、モネは「目に見えない時間そのもの」をキャンバスに定着させようと試みました。
モネの「水の庭」自体、日本風の太鼓橋や柳を配した東洋的な意匠からインスピレーションを得て作られています。西洋絵画の伝統である「三次元的な遠近法」を捨て、空を直接描かずに水面への映り込みだけで空間を表現する手法は、日本の浮世絵や絵画が持つ「平面性」への深い理解から生まれたものです。しかし、近くで見ると荒々しい筆のタッチ(筆触分割)が、一歩離れると光に満ちた奇跡的な風景に変わる。夏の強烈な陽光と冷たい水面が交わる、西洋独自の視覚科学の探求が息づいています。
鈴木其一の「朝顔」には、灼熱を思わせる「金」の平原に、青と緑の朝顔が「動的」にうねり、見る者に強烈な視覚的覚醒と、逆説的な涼をもたらします。
クロード・モネの「睡蓮」には、涼やかな「水」を媒介に、無数の色彩が溶け合う「静的」な睡蓮の池を描き、鑑賞者を光と大気の夢想へと誘いこみます。
表現手法や思想は異なれど、どちらの絵画も「七月」という季節が持つ独自の光、温度、そして水の気配を、各々の極限の美学をもって永遠に閉じ込めているのです。
